建築家コルトーナの見果てぬ夢 Santa Maria della Pace in Roma



《ヴェルサイユ宮殿の建築に大きな影響を与えたコルトーナ》

ローマのサンタ・マリア・デッラ・パーチェ教会(Santa Maria della Pace)は1482年、シクストゥス4世により既存のサンタンドレア教会(Sant'Andrea)の基礎を元にして、バッチョ・ポンテッリ(Baccio Pontelli)によって建設されたものと伝えられていますが、その後、1656~1667年に掛けて、当時のローマ法皇アレクサンドル7世の命により、ピエトロ・ダ・コルトーナの設計・建築でバロック様式に改修され、写真のような素晴らしい建造物となり、現在に至ります。

注目したいのはこのファサードです。コルトーナは当初、建設予定地があまりにも狭かったことに頭を抱えたと伝えられます。でも、彼は諦めることなく予定地の周辺を歩きまわり、長い時間を掛けて頭の中でシュミレーションを描き、また、それを消したりしながら、一つの案を思いついたのです。

“路地の奥まったところにあった広場を教会の敷地内として抱え込み、その広場の中にパーチェ教会が建っていると仮想すれば、教会を主人公とした舞台が完成する…”

そんな舞台を脳裏にシュミレーションしたのです。それは自分が夢見ていた舞台装置でした。ですから、コルトーナはそのシュミレーションを最大限に活用し、教会と広場を舞台と仮想し、設計図を引きました。 そして、ドーリア式円柱を半円形に並べて“舞台の幕”と仮想したのがこのファサードなのです。

教会らしさが感じられない作品となりましたが、それが彼の狙いでした。また、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニと共に、17世紀のイタリアにおいてバロック様式の発展に決定的な役割を果たした初期バロック美術の巨匠として、そして、画家以外にも建築家、舞台装飾家としても活躍した彼だからこそ、高尚な主題に充ちた優雅な外観が完成したのだと思います。

ここはコルトーナの冒険的な夢の設計がなされている最初で最後の教会です。

この教会のように各建造物の置かれた状況に合わせることで、このような画面構成に優れたものを見せ、常に大きな反響を呼んだのです。そして、後年、コルトーナの残した建築作品は、フランスのヴェルサイユ宮殿の設計にも大きな影響を及ぼすことになるのです。

教会はコルトーナの仮想舞台を作成するために、広場を囲んでいたいくつかの家を破壊したり、あるいは舞台に組み込まれなければなりませんでしたが、でも、彼は壊すことは極力避け、教会内にそれらの家の幾つかを組み込みます。もちろん、それらの家が今も現存しているのです。小広場に面して建っていた中世の家の数件がそのままの形で、教会の中庭に面して在るのです。

コルトーナが一大決心をして教会らしくない、でも、自分の叶わぬ夢をここに賭けた。その証しがこのサンタ・マリア・デッラ・パーチェ教会なのです。発想のユニークさと舞台装置と見なして建造したパーチェ教会は、観光客の訪れも少なく、名匠コルトーナの作品としてもメジャーなものではありませんが、設計だけではなく、内部にはルネサンス期に活躍したアントニオ・ダ・サンガッロやカルロ・マデルノの祭壇など、見応えのある作品も保存されています。

いつかローマを訪れることがありましたら、ローマの下町ナヴォナ広場を傍らにして建つこの教会を是非、訪れて下さい。コルトーナの見果てぬ夢だった夢の結実を見てほしいのです。

《註:文中の歴史や年代などは各街の観光局サイト、取材時に入手したその他の資料、ウィキペディアなど参考にさせて頂いています》

(トラベルライター、作家 市川 昭子)