銀色の風が吹く町アルベロベッロ Alberobello in south Italy



町の至るところに建つ円錐屋根の白いトゥルッリを目の辺りにすると、旅人は、まるでおとぎ話の世界に紛れこんだように、胸をときめかせ、でも、あまりの優しい情景に心を癒し、安らぎを覚えます。もちろん、この景観は旅人の心を魅了してやみません。

ですから、町に足を踏み入れた旅人の誰もが、一旦は予定通り町を通り過ぎますが。でも、数ヶ月もしない内に再訪し、今度はゆっくりと噛みしめるようにしてメルヘンの世界に身も心も埋めるのです。そして、心ゆくまでこの銀色に染まった世界に生き、中世の面影を色濃く残す石畳を歩くのです。

多くの旅人はそれまであった哀しみを癒すために、あるいは、苦しかった想い出から逃れるためにこの世界に戻り、清新な空気とプーリアの優しい光の中をひたすら歩くのです。

そして、数日後、それまでの豊かで生き生きとした微笑(ほほえみ)を取り戻した旅人は、白い石畳の坂道を下り、再び、銀色の風に乗って帰路につくのです。

ここは多くの人が知る世界遺産の町であり、おとぎ国の町、そして、銀色の風が吹く町アルベロベッロAlberobelloです。

南イタリアのプーリア州の一角に広がるこの小さな町アルベロベッロは、キノコのような形のとんがり屋根を特徴とするトゥルッロという家が約1000軒も軒を連ねる集落であり、その景観は世界に類を見ない珍しいものとしています。そして、形容される通り、メルヘンチックな装いを見せるおとぎの国として、世界に数えきれないほどのファンを持つ類稀な町となっています。

でも、かつて昔は周辺も含めて、岩だらけの痩せた土地しかないという貧しい町だったのです。いくら耕して石塊が出てくるばかりという、救いようのない枯れた土地ですから、肥やすこともできず。それでも村人たちは他所から土を運び、猫の額ほどの畑を作るのです。でも、雨が少ない土地。干からびた畑から収穫できるものは、少しの野菜とトウガラシ、そして、オリーブでした。

先人たちは考えました。人並みに生活できる手段を懸命に考えました。そして、考えた末、もらい水をするにしても遠くの集落に行かなければなりませんでしたから、責めて水だけは確保しようと雨水を貯める壺を作ったのです。

幸いにも近くから採取した土は陶器に向いていていました。完成した壺の形は武骨でしたが、艶があって素晴らしいものとなったのです。そして、通りがかりにその壺を見た周辺の村の人たちは、あまりの美しさに見惚れ、いつしか注文が入るようになったのです。そして、気がつけば壺造りは町の産業と化していたのです。

中世には色付けも工夫されるようになり、その出来栄えの評判は国内だけではなく、ヨーロッパにも轟くようになったのです。また、現在にあっては町の郊外にいくつもの工房が建ち、伝統的な陶器の世界を守りつつ、日々努力を続けながら、アルベロベッロの陶器の名を日本はじめ、世界に馳せ続けているのです。

画像は友人アンナの先輩ファビオ・カデラーノさんの家の広い庭の一角です。彼は世界の国を相手にして陶器の制作販売を行っていますが、自慢は陶器だけではなくこのトゥルッリ。彼はこのようなトゥルッロを数えきれないほど持っているのですが、ここに列を成して並ぶトゥルッロの半分ほどが素晴らしい作品を飾る展示場であり工房に利用しています。

《註》円錐形のこの建物の数え方は、単数であればトゥルッロtrullo、複数はトゥルッリtrulliになります。イタリア語の多くがこのように語尾を変化させて単数・複数の違いを表現しますが、それらは形容詞や動詞にも使われる数の数え方でもあります。とは言っても、アルベロベッロではtrulloが集合して存在することから、単数形であるトルッロより複数形のトルッリで呼ばれることが多いと思われます。

《註:文中の歴史や年代などは各街の観光局サイト、取材時に入手したその他の資料、ウィキペディアなど参考にさせて頂いています》

(トラベルライター、作家 市川 昭子)