2016/04/18

天才画家サルバドール・ダリ Salvador Dalí in Spain


20世紀はそれまでの古い殻から抜け出すことで騒しく、芸術の世界には斬新な芸術論が飛び交いました。そして、試行錯誤的しながらその中から多くの派や多数の芸術グループが出現し、それに伴ない画壇では芸術論が激しく行き交った時代とされています。

でも、それは芸術の世界だけではなく社会も騒がしく、その間に第一次大戦が勃発し、1940年代には第二次大戦という悲劇の世界大戦が起こりました。そのために文化人を含めた芸術家たちは体制側の厳しい取り締まりの中で自由を失いました。

でも、自由を剥奪された世界にしか生きることができなかったにもかかわらず、彼らは体制に反骨しながら自らを失うことなく描き続けました。ある人は粛々として生き、自由が賛歌できるその日まで、じっと待ち続けもしました。そして、彼ら芸術家たちは第二次大戦の終戦が決まった1945年以降、それまで体内に蓄えていたエネルギーを発散するかのように互いに手を携え、「20世紀の美術」と称した世界を構築し、自由を謳歌できるその世界へ大きく羽ばたいてゆきます。

日本でもおなじみのあのぴんとした口ひげをトレードマークとし、自ら天才と称して憚らず、数々の奇行と様々な逸話で知られるサルバドール・ダリSalvador Dalíは、スペインを代表する画家であり、芸術家、そして、シュルレアリズム(超現実主義)を代表する人物で知られますが、彼もその一人でした。

彼は1904年、裕福な公証人の父親と、富裕な商家出身の母親の元、スペイン北東部のフィゲラス(Figueres)に生まれました。富裕層独特の優雅な生活の中で何不自由のない幼い頃を過ごし、充分な教育を受けたダリは同時に教養を身につけるためにピアノのほか、絵などの稽古事をさせられましたが、幼い頃から昆虫などに興味を持つと同時に、絵画にも大きな興味を持ち、家族で避暑に出かけた海辺では浜辺に出ては暗くなるまで絵筆を握っていたと伝えられます。

個性的な絵を描き続ける息子を自慢とした両親は、画家ラモン・ピショット(ピカソの友人)にダリの作品を見せたところ、あまりある才能を認められたことで、1922年、マドリードのサンフェルナンド美術学校に入学させ、本格的に絵を学ばせます。そして、21歳、1925年、ダリはまだ学生でありながら、マドリードのダルマウ画廊で最初の個展を開きます。個展は大成功。大きな反響を呼びました。

画学生時代には印象派やキュービスムの影響を受けたダリは、その頃から個性的な画風を自慢としていました。また、将来、その画風で画家として生きることに自信すら持っていたのですが、でも、個展から1年後、アンドレ・ブルトンたちが開くグループ展に遭遇します。

ダリはそこでピカソの作品に遭遇したときと同様に、大きな感銘を受けたのです。今までにない大きな感動も受けました。そして、マグリットがキリコの作品に出会って、10年間彷徨い続けた結果、自分の道をシュールレアリズムの世界と定めたように、ダリもその場で自分の進むべき道を、シュールレアリズムと定めたのです。 ダリは翌年1927年、パリに出向きます。そこでパブロ・ピカソ、ルイ・アラゴン、アンドレ・ブルトンなどのシュールレアリズムの中心にいた人物たちと会い、2年後、1929年に正式にシュールレアリスト・グループに参加します。

画像の作品はシュールレアリズムの世界に未来を託してから約10年の歳月を経た1936年、32歳の時の作品「忘れられた地平線」です。スペインの高級リゾート、コスタ·ブラバのロサスビーチで子供の頃に遊んだ想い出を思い起こして描画したものです。準備した背景に演劇セットの投影のようにして数字を表示し、楽しかった子供の頃を、幻覚のように思い起こしそれを画布の上に創造しました。 彼の典型的な手法のひとつがこの作品に使われています。

友人の妻だったガラに一目ぼれしたダリは、友人から奪うようにして1934年ガラと結婚しますが、ピカソとは異なり一人の妻を生涯深く愛し続けます。ですから、1982年にガラが死去すると自分の人生の舵を失ったと激しく落ち込み、ジローナのプボル城に引きこもってしまいます。それだけではありません、制作意欲も失い、ガラの死去から1年後には絵画の制作をやめてしまうのです。そして、妻を失ってから7年後、1989年に故郷のフィゲラスに戻りますが、何をするのでもなく、英気を失ったまま自分が設立した「ダリ劇場美術館」に隣接するガラテアの塔で、心不全により85歳の生涯を終えます。

自ら「天才」と自称して憚らず、数々の奇行や逸話が知られている奇才ダリでしたが、それは表向きの顔でした。真のダリはイケメンですし、優しくて、情にもろくて、そして、愛情の深い人間味あふれるな人だったのです。

また、この作品は“幼い頃にほのかに思いを寄せていた従妹”を主人公にして描いています。誰にも悟られないようにそっと、若き頃の淡い恋心を描いています。作品は彼の純真さをもっとも印象づけるものとして。また、彼らしい優しい世界を垣間見ることができる貴重な作品でもあり、純真で純朴なダリを見ることのできる数少ない作品です。素敵です。

《註:文中の歴史や年代などは各街の観光局サイト、取材時に入手した資料、そして、ウィキペディアなどを参考にさせて頂いています》

(トラベルライター、作家 市川 昭子)

※筆者は「Gadgetwear」のコラムニストです。
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