バカラのジャポニズム Baccarat in France



バカラといえば、優れた透明度を自慢とする“フルレッドクリスタル”(クリスタルガラスの一種)製品を製造するフランスの名門ガラスメーカーであることは、誰もが知るところです。

また、その歴史は1764年、ロレーヌ地方のバカラ村にフランス王ルイ15世によりガラス工場設立が許可されたことにさかのぼるという、日本では江戸時代中期、約250年も前というのですから驚きです。もちろん、ガラスメーカーとしても業界随一の歴史の長さを誇っています。

バカラ村がクリスタルガラス製造として有名になるにつれ、工房の名は単に“バカラ”と呼ばれるようになり、それがそのままブランド名として使われるようになったのですが、国王に認められてからのバカラの工場は、それまでよりもより良い製品を作りだすために、日々、努力を重ね、1816年11月15日、その努力が実を結びます。

それはそれまで窓ガラスや鏡などの製造を専門にしていた工場でしたが、初めてクリスタル・ガラス用の窯に火が入ったからです。そして、その日を機に高品位の無色透明ガラスを制作する「クリスタルのバカラ」としての本格的な歴史が始まりました。

精魂を込めて創り上げる製品だからでしょう、造るものすべてが好評でした。また、バカラの顔として、矢継ぎ早に定番商品を創り上げていったその努力も大きな反響を呼び、スタッフは休む間もなくひたすら自社の製品の向上と繁栄を願いながら作品を創り続けました。

その結果、長年培われてきた定番商品として制作した作品のすべてが芸術品といっても過言ではないほど、素晴らしい出来栄えを誇りました。

でも、彼らは精進を怠らなかったのでしょう、1841年にアルクール侯爵のために作った“アルクール”は、クリスタルな輝きに加えて、光に気品が備わるという作品に完成したことで、他に追随を許さない逸品となりました。

もちろん、以来、アルクールは途切れることなく世界各国からの注文に追われます。そして、それら作品は各国の王室や政府官邸のテーブルを今なお飾るという、今やバカラの代名詞ともなった名品としてその名を残しました。

その後、1855年のパリで行われた第1回万国博覧会において、バカラは金賞を受賞し、1867年にも出品して世界の市場を相手に活躍。1878年の第3回パリ万国博覧会でも3度目の金賞受賞を果たします。

でも、3度目のその金賞受賞は単なる受賞ではなかったのです。

というのも、当時はフランスに於いて、絵画を主とし、建築、ファッション、文学などあらゆる文化・美術の分野において、日本美術が多大なる影響を与える、というジャポニズムの頃でした。また、1860年代から1910年~20年代の約半世紀は、ヨーロッパ全土にジャポニズム現象を引き起こした時期ですから、バカラの世界にも多大な影響を与え、ガラスや陶器以外にもクリスタルはじめ家具、テキスタイル、壁紙などに大きな変革をもたらしていたのです。そして、そのジャポニズに影響された作品に金賞が授与されたのです。バカラにとっても日本にとっても特別な意味を持つ受賞となったのは当然でした。

そして、この年、金賞をバネにしてバカラはタイユグラヴュールという新技法を導入します。

それは深彫りの新しい技法でしたが、日本の繊細なデザインである金魚や蝶々、竹などを彫りこんだ幻想的な作品を創作するために考案されたものだったのです。

その手法を駆使した作品の多くが、世界に羽ばたき、大きな反響を呼びました。また、約半世紀に渡ってジャポニズムという流れの中にいたバカラは、それまで以上に数々の傑作を残してゆきます。

ルイ18世を最初にしてフランス王室はもちろん、英国王室・ロシア皇室などのヨーロッパの王室以外にも、モロッコ、タイ、そして、日本の皇室もバカラを注文し、送られてきたバカラの製品を今も愛用していますが、これも高貴な雰囲気を醸し出すバカラゆえの製品だからです。

1984年、日本支社バカラ・パシフィックを設立し、同年、東京にバカラショップを開店しますが、バカラは1909年にはタイユグラヴュールの技法を使って創られた菊の御紋入りのグラスセットを日本皇室に収めて話題を呼びました。

透明度を誇るバカラのクリスタルグラスは、見るだけでもうっとりし、手にするだけでその格調高い趣きに感激をします。そして、感激の次には、天下のバカラまでもがジャポニズムに影響され、新技法タイユグラヴュールを考案したということを誇りたくなるのです。

日本の「侘び」「寂び」の世界を表現しようとしたバカラは、当初随分と苦しみ、悩んだと伝えられます。

それは「侘び・寂び」は日本美術や茶道の基本理念であり、そこにある静寂さ、質素さの持つ美しさ、また、枯れた古さの持つ、美しさ…。そのいくつもの特徴のすべてを表現しなければならなかったからでした。

でも、彼らはその世界を「静寂の中にある美」としたことで、結論を見出しました。さすがでした。“静寂の中に在る美”は正に日本の侘び寂びの世界です。

画像は“線と円”をテーマにしたパリのバカラのショーウィンドーです。ここには「静寂の中にある美…」を思わせるバカラの世界が広がっています。その根底にはジャポニズムの余韻も感じられます。

彼らがウィンドーを飾るこうした製品は、芸術作品のひとつとして誇れるものを選ぶ。そう聞き及んでいます。

その誇りがなおいっそうの気品を漂わせているのかもしれません。

ジャポニズムの世界をパリのショーウィンドーに見ることができます。素敵過ぎる世界です。

《余談》製造された商品のうち消費者の手に渡るのは6~7割といわれ、残りは品質基準を超えた高さゆえに破棄されてしまうそうです。基準が高く造られても破棄の対象になる。この事実がバカラの品質基準の厳しさを提示していると思います。

《註:文中の歴史や年代などは各街の観光局サイト、ウィキペディア、取材時に入手したその他の資料を参考にさせて頂いています》

(トラベルライター、作家 市川 昭子)

※筆者は「Gadgetwear」のコラムニストです。