2015/11/30

ジョン・F・ケネディの弟ロバート・ケネディ Robert Francis Kennedy


ロバート・フランシス・ケネディは第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディの実弟で、兄の任命により同政権の司法長官を1961年から3年間務めた実力者でした。

長官時代は、兄と共にケネディ家の代表として活躍する若き法律家というイメージもあり、実直なその表情に兄を重ねる人も多く、人気者でした。

長官になって2年目の1962年2月には来日し、日本外国特派員協会での会見を行ったほか、早稲田大学の大隈講堂での講演も行いましたが、その講演ではロバート旋風を巻き起こしましたし、聴衆の中には後に総理大臣となる若き日の小渕恵三氏もいたのです

そして、翌年小渕氏が渡米した際、この講演での感動を手紙に書いて彼の秘書に託したところ、一週間後に面会できたといいます。

誰にでも屈託なく接し、会い、話しを交わすロバートでしたが、キング牧師が暗殺された1968年4月4日、インディアナ州インディアナポリスの黒人街で身の危険も考えず、スピーチをしました。

「私の家族も白人の手によって殺された。今この国に必要なのは分裂ではない。今この国に必要なのは憎しみでもない」

と公の場で兄の暗殺について触れ、人種間の和解を訴ったえる、という正義感に燃えた情熱を持ち合わせていました。

マフィア撲滅運動にも大きく関わり、人種差別も声高に反対していました。

でも、気がつけば正義感の強さからいつしか多くの敵を作っていたのです。それでもロバートは自分の信念を曲げることなく、また、ケネディ家の長としてその責任感は強く、日々、人種差別のない世界を創ろうと努力してやまなかったのです。

1963年に兄ジョン・F・ケネディが暗殺された後、ニューヨーク州の上院議員選に出馬して11月には勝利。次期大統領の最有力候補となって民主党の大統領候補指名選のキャンペーンに出掛けます。

兄が遺した仕事をやり遂げるために、大統領になる必要があったからです。

そして、1968年6月、最大の州であるカリフォルニアでの予備選に勝利します。大勝利でした。ですから、ロバートはもちろん、共に戦った同志も家族も歓びは大きく、勝利した5日後、ロサンゼルスのアンバサダーホテルでの予備選の祝勝会が催されました。

ロバートは満面の笑みを称えて演説し、応援してくれる多くの人と握手を交わした後、壇上を降ります。

観衆でもみくちゃになりながら、壇から離れ、あらかじめ用意していた会場を出るための近道に向かいます。

狭い通路を通り抜けて、調理場に出、その先、外に出るという段取りが組まれていたのです。

でも、その通路の途中で、エルサレム出身のパレスチナ系アメリカ人難民サーハン・ベシャラ・サーハンが待っていました。銃を片手にして待っていたのです。

至近距離でした…。

すぐさま、救急車で病院へ運ばれましたが、右脳を損傷し、翌6日早朝息を引き取ります。

兄のジョンが46年の人生に終わりを告げた5年後の1968年6月6日のことでした。兄よりたった4年多く生きただけでした。兄ジョンと同じく夢半ばにして生涯を終えるのです…。

弟ボブ(ロバートの愛称)も兄の後を追うようにして、暗殺され、僅か42年の人生に幕を降ろしたのです。

彼の見開いた大きな目が印象的でした。いつも顔中を皺くちゃにして満面の笑みを浮かべている人の良さそうな顔に誰もが惹かれました。

その見開いた目と人を見下すことのないような人懐っこい笑みが、未だに私の脳裏から消えることはありません。

ジョン以上に人種差別を嫌ったボブでしたし、兄以上に貧困層の人々を愛した弟でした。ですから、簡単に忘れることができないのです。

彼の亡骸は兄ジョンと並ぶようにしてワシントンDC郊外にあるここアーリントン墓地に葬られました。

日当たりの良い小高い丘の裾に設けられた彼の墓地周辺には、優しい風が吹いていました。

私はその風の中でふと感じたのです。彼は一時噂になったように、もしかして、温暖な南の島で未だ療養して生きているのではないのかしら。

彼は瀕死の状態で病院に運ばれたのですが、一時は命を取り留めたという発表がありました。その後、そのニュースは訂正されたのですが、彼の亡骸を誰も見たことがないというのです。

ですから、もしかして生きているのではないのか、ただし生きているにしても、頭を撃たれていることで尋常のままとは考えられなく、公の場に出せる状態でないことから、どこか暖かな島で療養生活に入っているのではないかというという噂が一時、流れたのです。

画像は兄ジョンが祀られている丘の麓にあるロバート・フランシス・ケネディの墓所です。

《註:文中の歴史や年代などは各街の観光局サイト、ウィキペディア、取材時に入手したその他の資料を参考にさせて頂いています》

(トラベルライター、作家 市川 昭子)

※筆者は「Gadgetwear」のコラムニストです。
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