8月11日に中国が人民元の切り下げを突如として行ってから3ヵ月。人民元切り下げ直後のコラムでは人民元切り下げの背景に資本流出があることを指摘したが、中国からのキャピタルフライト(資本逃避)は収束するどころか悪化しているようだ。
この図は中国の資本収支の推移と内訳だ。資本収支とは事業のための投資や資産運用のための投資などを合わせたもので、資本収支がプラスであれば中国に資金が流入していること、マイナスであれば中国から資金が流出していることを示している。11日の中国国家外貨管理局の発表によると7-9月の資本収支は大幅なマイナスとなり、2239億ドルが中国から流出した。データを取得できる1998年から見て四半期ベースでは最大の流出金額だ。これは上海株暴落の時期と重なるので株式売却によるものだと考えられる。
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リーマンショック後の2009年から2014年までの貿易収支を合計すると1兆821億ドルの流入になっているが、2015年は9月までに3498億ドルの流出となっている。6年かけて中国に集まった投資資金がわずか9ヵ月で3割以上流出したことになる。その流出金額と流出のスピードに驚かされるが、気になるのが図の青い棒グラフ、7-9月の直接投資がほぼなくなっているところだ。今年の4-6月までは直接投資がプラス、つまり中国現地企業の経営に参画する企業などが撤退する企業などよりも多かったのだが、7-9月には進出と撤退が同数になったということだ。中国はもはや投資先として魅力がなくなっていることの表れといえよう。
中国政府は資本流出を防ぐため、人民元持ち出し規制に加えて金利引き下げなどの金融緩和策で国内経済のテコ入れを図っている。しかし一方で人民元相場を一定の範囲にとどめるため、資本流出に伴って売られる人民元相場に対して人民元買い、外貨売りの為替介入を行っていると思われる。人民元買いは市場にある人民元を買い戻すことになるので金融引き締めの効果があり、金融緩和策とは矛盾してしまうので、経済テコ入れのための金融緩和策の効果が減退してしまう。そこで中国は人民元相場を切り下げることで人民元買いの量を減らそうとしたと考えられる。
人民元相場は8月の切り下げ後、若干値動きが激しくなったように見える。これは中国当局が人民元相場について為替介入をなるべく控え、ある程度市場変動にさらすことを許容しているのだろう。もしくはIMFにおいて特別引出権(SDR)の対象通貨に採用されるように人民元の自由化をアピールするためのものともいえそうだ。SDR対象通貨に採用されれば人民元の価値が向上し、人民元安防止に役立つと考えているのかもしれない。
おそらくSDR対象通貨には採用されるだろう。しかし中国の景気減速は続き、これに伴う資本流出は止まず、人民元の下落圧力は続くと予想する。前述の通り金融緩和は人民元の価値を下げることになるので人民元買いの為替介入を行っているうちは効果が期待しにくい。金融緩和の効果を上げるためには人民元買いの為替介入からさらに手を引かなければならない。いずれ再度の切り下げを行わざるを得ない状況に陥るだろう。
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再度の切り下げがあった場合、為替市場や株式市場は再び乱高下するだろう。再度の切り下げがある場合、次のシナリオが想定される。
■世界中の株価が下がる?
8月11日から13日の日経平均株価の高値と安値の差は643円にもなり、世界中に影響を与えた。人民元安は海外投資家から見た場合、為替評価損で投資パフォーマンスは悪化するので、証券投資の資金の流出が加速するだろう。2009年から積み上げた資金のうちまだ7割近くは中国に残っているので、潜在的な売り圧力は大きく、7-9月の上海株の下げで底を打ったと考えるには時期尚早だろう。
■円高米ドル安になる?
人民元の切り下げは円高を招く。上海株の下落で世界中でリスク回避の動きが高まれば円が変われる可能性が高い。米ドルも買われるだろうが後述の米国の長期金利の低下に加え、米国の利上げはすでに市場に相当織り込まれており、米ドルのさらなるアップサイドは見込みにくい。
■米国債が上昇し、米国の長期金利が低下する?
安全資産を求める投資家の需要が増えたり、中国当局が為替介入のために売却してきた米国債の売り圧力が弱まることで米国債が上昇するかもしれない。米国債の上昇は米国の長期金利の低下につながり、日本と米国の金利差が縮小すれば円高米ドル安をサポートする可能性もある。
■金価格が上昇する?
中国が保有する資産には金も含まれているが、中国当局が為替介入に伴い外貨準備を減らしているなかで金はさほど減っていない。金よりも多く保有している外貨の売却を優先していると考えられる。人民元の切り下げで外貨準備の売却量が減れば金価格にとってはプラス。米国の利上げは金価格にとってマイナス材料だが、利上げ自体は相当織り込まれており、金価格は反転上昇に向かう可能性がある。
(eワラント証券 投資情報室長 小野田 慎)
※筆者は「Gadgetwear」のコラムニストです。本稿は筆者の個人的な見解であり、eワラント証券の見解ではありません。本稿の内容は将来の投資成果を保証するものではありません。投資判断は自己責任でお願いします。