2014/07/08

デザイナーと表現をへだてるもの「検閲」


2014年6月上旬、Googleウェブ検索で特定のワードを検索した際、結果がほとんど表示されなくなったと話題になった。これに対して当のGoogle日本法人は「特定ワードの検閲はしない」と一部メディアの取材で答えている。また2014年3月にはイラストレーターのムラタポさんが企業の公募を通して手がけたHIV啓発の看板が、区役所からの指導により修正を余儀なくされている。ムラタポさんは自身のブログで「検閲」という言葉を使って次回からの公募の応募者に強く注意を促している。

これら検閲は表現の自由と相反するものであり、とりわけ何らかの想いを表現しようとするデザイナーやアーティストにとって非常に嫌な言葉である。そもそも行政機関の検閲は日本国憲法第21条で禁止されており、司法機関は具体的に検閲を「行政権が主体となって、 思想内容等の表現物を対象とし、その全部または一部の発表の禁止を目的として、 対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査したうえ、 不適当と認めるものの発表を禁止すること」と定義し、公共の福祉を理由とする例外の許容を認めない絶対的禁止事項としている。

ただし絶対的禁止事項だからといって、目の前に起きている行政機関の検閲を必ず中止にできるとは限らない。税関検査で風俗を害すべき書類や図画を輸入することを禁じることは、対象物が国外で既に発表済みのため事前の発表を禁止していることにはならず検閲にあたらないといった判例や、教科書検定に合格しないと教科書としての出版を禁じることは、対象物が教科書として出版ができないだけで通常の本として出版できるため検閲にあたらないといった判例もあり、検閲自体はもちろん絶対的に禁止なのだが、目の前に起こっていることが憲法で禁止されている検閲にあたるのかどうかという高いハードルのジャッジが待っている。

以上がデザイナーやアーティストなどの表現者と対峙する「検閲」の実情である。ちなみに日本国憲法は民間企業には原則として直接適用されないためGoogleが検閲をしたとしても憲法違反にはならない。ただし検閲をすることが著しく不誠実や公序良俗違反であった場合、何かしらの法的な抵抗を試みることはできると思われる。

(Betonacox Design)

※筆者は「Gadgetwear」のコラムニストです。
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