2014/06/24

一生に一度は登ってみたい山

そんな称号を持った山岳は、どこの国にも一つはあるだろう。

私は大学時代に同様なことが謳われる富士山に登頂したが、山頂から御来光を見た時に、自分の目の高さと同じ位の位置から出てくる太陽の様子は自分がまるで天国に居るような気分とされてくれたのは未だ記憶に新しい。一度は見たいとの先人の言葉は、それだけの感動を与えてくれると揶揄してくれていると知った。

今回私は中国に居るならどうせということで、中国で一生に一度は登って見たい山と謳われる「泰山」へ同様な感動を味わいたく行ってみた。中国泰山は世界遺産であり、また人民元の5元札の裏側に描かれていることでも有名だ。また、その絵の中に「五嶽獨尊」と書かれている石碑が載っているが、これは中華五岳(東の泰山、西の崋山、中心の嵩山、南の衡山、北の恒山)の内でも泰山が最も美しく、天下第一の山であると示している。

この様に言われる由縁としては、泰山は秦の始皇帝が紀元前219年に泰山で封禅を行って以来、王朝時代の歴代皇帝達はここ泰山を封禅と祭祀を行う場として珍重してきたことに在るようだ。歴代皇帝達などが泰山に対して賛美した文言などが書かれた石が2000個以上あることからも、天下随一と言われたる原因なのかもしれない。

先代の偉人達が褒め称えた山はどのようなものかと胸に期待を抱き、北京から高速鉄道に乗って泰安市に新設された泰安駅に降り立ったのは午後12時だった。泰山への登り方は3通りある。(1)麓から7412段の階段を上る、(2)途中の中天門までバス→歩いて山頂、(3)途中の中天門までバス→ロープーウェイに乗って山頂、という方法だ。当初私は苦労知らずの方法である(3)で行こうと考えていた。そして、泰山も富士山と同じく御来光を拝むのがポイントとのことで、山頂に宿泊して日の出をみてから下山しようというのが計画であった。

しかし、観光地化されているとは思えない程に粉塵まみれで雑多な市内に到着すると直ぐに、見計らったように事前にホテルを予約していた「去哪儿网」のお姉さんから連絡が入り「本日ロープーウェイはメンテナンスのため営業していません」と御丁寧にも通達を受ける。そのため、既に時刻が13時であったことからも、(2)の方法への転換が余儀なくされた。なにはともあれ7412段の昇降運動は恐らく富士山に登るのと同等な疲労蓄積になるため、運動不足の私にとっては半分の距離を歩くだけ済んだことが唯一の救いだった。

中天門までのバスは天外村広場という山の麓から出ているので、まずはそこに向かった。そこから見上げる泰山は予想していたよりも小さく感じた。なんだか長野県の山の中にきた感じだった。それもそのはずで、実は泰山の標高は1524m程しかなく、3776mを有する富士山の二分の一にも満たない大きさだ。しかし、なんだか北アルプスの槍ヶ岳の様に先が尖っていて、どっしりとしてどこか猛々しいその様子は天下第一山と言われることを納得させてくれる。

中国の観光地の公衆バスには時刻表というものはあまりない。ここも御多分に漏れず設置されておらず、人が定員に達しないと出発しなかったため、およそ30分待たされてから中天門へと出発した。

中天門につくと登山道は見渡す限りの石段だった。石段よりも土の道の方が歩きやすいと思うのだが、何かを意図してのことなのだろうか。環境はとてもよかった。麓の粉塵まみれの空気とは打って変わった清潔な空気と、ここは中国かと疑念を抱くくらい青々と生い茂った木々が生えていた。


また先述した様に色々な年代とタイプの石刻が本当に至るところに点在している。中には明朝時代に作られた石刻のうち、断崖絶壁に掘られたものもあり、自然と文化が上手く融合した素晴らしいジオパークだ。さすがに日本にはこれほどのものは無いのではないだろうか、中国何千年の歴史はさすがである。

急勾配の階段を一歩ずつ歩を進めていくと、意外なことに気がついた。それはごみ箱の量だ。泰山では50m~100m位の間隔をあけてごみ箱が道祖神の様に置いてあった。そして、その効果からか、ごみが道端に殆ど落ちていないのだ。ポイ捨て大国と言われていた中国は進化している。また、道の所々に茶屋のようなものもあるので、飲料水が無くなっても心配が無いのも嬉しいことだった。中天門から頂上付近にある南天門までは歩いて3時間位かかった。バスに乗った時に運転手が「2時間もあれば行ける」と言ってが、完全に嘘だった。

南天門には「天街」といったホテルや飲食店、土産物屋がところ狭しと何件かたっている。その名の通り一種の街である。私が泊まったホテルは1泊460元(約7600円)の部屋で、2人で行けば1人あたり230元(約3800円)だ。室内もまぁまぁで旅と登山の疲れを癒すには十分であった。他のホテルはといえば、200元代のもあるし、1000元するとこころもあったので、ピン切りだ。個人の財布の都合と環境への耐性有無で決めることが出来る。


ホテルから歩いて15分くらいの山頂には泰山で一番有名であると言っても過言ではない「大観峰」と言われる石刻がある。726年に玄宗皇帝の親書が刻まれているらしいが、中高で漢文が赤点だった私には全く意味がわからなかったが、なんだか感慨深いものは感じた。


山頂から見下ろす麓の景色は、粉塵のせいでかすんで見えたが、とてもきれいだった。


翌朝4時位にホテルの人間が「4時半に出発する」と宿泊者全員を叩き起こし、御来光が見えるベストポジションへと案内してくれた。静まりかえった空と薄暗い雲の合間から現れた橙色の光をみた瞬間にため息が出そうになった。その光景は、「やおうやうと白くなりゆく山際、少し明かりて」といった春の曙を好んだ清少納言を思い出させるものだった。夏も曙でいいんじゃない?と思った。

しかし、敢えて苦言を呈するならば、富士山よりも太陽が小さく見えたし、太陽が自分よりも高い位置から出ていたことだ。これでは、天界にいるのではなく、やはり自分が下界の人間で太陽神を仰いでいるという様な感覚だ。それにしても、尊い景色であることには変わりない。日の出を見終わって、中天門まで1時間半で下山出来た。しかし、運動不足の太ももはすでに悲鳴を上げていたので、麓まで自力で降りるのを諦めた。

泰山に登った率直の感想は、「そこまで感動しなかった」。ただそれは標高と太陽からの距離から判断した、これまでの自分の経験と比較しての感想である。一方で、歴史文化と自然の融合という観点からみれば、「とても素晴らしいところ」という印象であった。昔の皇帝たちがなぜこれほどに賛美し続けたのかは、泰山の自然もさることながら、あまり他の山を見なかったのではと疑念を抱くところも無くはないが、それでも古来より多くの人々に愛され大切にされてきたという証を至るところで見ることが出来たのがとてもよかった。

確かに一生で一度は登って見るべき山であった。二度目は、ロープウェイで行くのならば考えよう。

(岸 里砂)

※筆者は「Gadgetwear」のコラムニストです。
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