2014/05/12

世界遺産/陶器の街カルタジローネ Caltagirone in Sicilia,Italia


イタリア半島の西南に位置するシチリア島は、イタリア本土のカラブリア半島とはメッシーナ海峡によって隔てられ、面積が四国の約1.4倍にあたる大きな島です。

島には州都のパレルモはじめメッシーナ、シラクーサなど魅力ある街や村が多数点在しています。また、世界遺産に指定された古代から中世に造られた重要な街も多いことと温暖な気候であることから季節を問わず世界中から多くの観光客が訪れる人気の島でもあります。

島の主要観光都市は、上記の3都市以外にもカターニア、マルサーラ、ジェーラ、トラーパニ、アグリジェント、チェファル、タオルミーナなど数多く点在し、いずれも古代から中世に掛けて繁栄し、その面影を色濃く残す街で知られます。

でも、それ以外にも個性ある佇まいを見せる街も多く、このカルタジローネもそのひとつに数えられています。

島の東端に位置し、3つの丘の斜面を覆いつくすようにして広がる標高680㍍に位置する街カルタジローネ。

丘に広がる旧市街は坂道に囲まれ、シックな色合いに染まった情緒あふれる佇まい見せています。

中世には政治的な背景を持った人たちの逃避の街であったことから、落人の村として多くの人々が集まったと伝えられます。また、この地は周辺の山の土が焼き物に適していたことで、先史時代から陶器作りが行なわれていたようですが、カルタジローネの名が初めて記されたのは、1143年にシチリア王ルッジェーロ2世が記した公文書において Calatageron と書き入れたことでした。以来、その名前の珍しさもあって、街は注目されるようになるのです。

また、9世紀には、アラブ人に侵略されますが、彼らがこの丘に城を築き、生活の拠点としたことにより街は急速に発展をするのです。

なぜなら、街の人たちはそれまで自分たちのためにだけ保存用の壺や器を創っていた陶器造りでしたが、彼らによりマヨルカ焼きの技術が持ち込まれたからでした。

そうなのです。侵略者とはいえアラブ人により、それまでのカルタジローネの陶器製造に活を入れられたのです。アラブ人たちは色遣いが鮮明なマヨルカ焼きという新たな技術を持ち込み、それを住民たちに惜しげもなく教授したからでした。

後にその技術は住民たちの精進により磨きがかかると、製品としての価値が上がり始め、各地から引く手数多の注文が入ります。

家族だけで経営していた小さな工房は、注文をこなすために規模を広げ、いつしか住民の大多数が陶器に関わる仕事に就いていました。また、中世には落人たちも住民と共にその技術を磨き、街の繁栄の手助けをしたのです。

以来、街では陶器作りの技術は父から子へと代々受け継がれ、中世末期には陶器の街として栄華を誇り、イタリア国内だけではなくヨーロッパにもその名を轟かせるのです。

栄華の時を今に伝えるように、現在でも陶器作りが盛んなカルタジローネです。丘の上の旧市街には今もなお当時の面影を色濃く残す中世の街でもあります。

2002年には世界遺産ヴァル・ディ・ノートの後期バロック様式の街の一つになり、国内からだけではなく、世界中から観光客が訪れるようになりました。そして、訪れた人々は、中世のままに在る情緒ある街並みに心を奪われ、夜にライトアップされた幻想的な情景に心を惑わすのです。

なかでも初夏の夕刻、爽やかな風の中で、そして、赤く燃え尽きた残照の中に佇む街は、荘厳さもたたえる素晴らしい景観を見せます。

中世から変わらないクラシカルで哀しいほどに哀愁を漂わせた街の姿を見せます・・・。そして、街外れから見渡すこの景観の中に落人たちの面影も見え隠れするのです。

ですから居合わせた旅人たちは、この街を去るタイミングを見失ってしまって、そして、いつしか街から出る勇気を失うのです・・・。

丘の上には中世からの陶器の街が広がります。公園も公園に設けられた椅子も階段の手すりにも陶器が嵌め込まれ、趣きある景観を見せもします。

この街をいつの日か訪れて下さい。そして、夕暮れの丘の上で、一瞬でいいですからこの街に身を託して下さい。

陶器三昧の世界を垣間見ることができますし、素敵な中世の“今”を実感できますから・・・。

(トラベルライター、作家 市川 昭子)

※筆者は「Gadgetwear」のコラムニストです。
Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...