ビッグ・ベンと日本の子供たち Big Ben in London



ごく普通にいつも当たり前に私たちはこの写真の塔を“ビッグ・ベン(Big Ben)”と呼んでいます。もちろん、世界中の人たちもそう呼んでいます。ずっとその呼び名に慣れ親しんできたのですが。

実は、この呼び名はウェストミンスター宮殿(英国国会議事堂)に付属するこの時計台の大時鐘の愛称で、正式名は2011年まで「時計台(Clock Tower)の大時鐘」だったのです。そして、同年の6月27日、エリザベス女王(Queen Elizabeth II)の即位60年を記念してクロック・タワーは「エリザベス・タワー(Elizabeth Tower)」と改名され、正式名となりました。

でも、今もかつても正式名ではあまり呼称しないで、世界の多くの人がこの塔をビッグ・ベンと呼んでいるのです。

今やロンドンの街にはなくてはならないこのビッグ・ベン。創設は以外にも遠くなく、近代に入ってからでした。

それは1834年10月16日に発生した火災でウェストミンスター宮殿の大半を焼失したことに端を発するのですが、宮殿(画像の右手下方に広がるのがウェストミンスター宮殿です)の再建が検討されたその折、それまでなかった“時計塔”併設の案が議会に提示され実現したのです。

時計塔は宮殿を設計したチャールズ・バリーのゴシック様式のものが採用され、1859年に完成。今見る秀麗な姿となってお目見えしたのですが、当時、工事責任者であり、国会議員であったベンジャミン・ホール卿(Sir Benjamin Hall, 1802年~1867年)の愛称“ビッグ・ベン”がいつしか工事中の塔の呼び名となっていたことで、今も正式名ではなく“ビッグ・ベン”と呼称され親しまれているのです。

時計台の高さは全体で96.3メートルもありますが、下部の61メートルの煉瓦造りを除いた残りの高さはすべて鋳鉄製。かなりの重さです。

また、尖塔の頂上下部に取り付けられた時計の文字盤は地上55メートルの高さにありますが、その文字盤は遠くからでも指針を確認できるようにと、大きく見やすく設計されています。

ビッグ・ベンの時計を設計したのは、弁護士でアマチュア時計学者のエドマンド・ベケット・デニスンと、王室天文官のジョージ・ビドル・エアリーの二人。振り子は風の影響を受けないよう時計部屋の真下にあり、振り子自体は長さ3.9メートル、重さ300キロという重く、2秒ごとに時を刻むように設定されています。

でも、現在は地下鉄ジュビリー線の延伸などで地盤状態が建設時と変化し、時計台は僅かですが北西へ傾いているようなのです。それは重さゆえの結果でもありますが、加えて、熱の影響で一年かけて東西方向に数ミリぶれているとも伝えられています。

また、ビッグ・ベンの愛称となった主役の大時鐘は、重さは13.5トン、高さ2.2メートル、直径2.9メートルという大きな鐘ですが、この鐘が初めて鳴らされたのは1859年7月11日でした。

でも、同年の9月、運用開始から僅か2ヶ月で鐘の舌(ぜつ)によるひびが入ってしまい、その後3年間は四半時鐘(15分鐘)のうちで最低音の鐘の音で時鐘を鳴らしたのです。

その後、軽い舌(ぜつ)を取り付けたり、ひびの入った個所に打ちつけないようにとか、様々な修理と工夫がなされ現在に至っているのですが、でも、禍が福に転じたかのように、このひびが鐘に独特の音色を与え、個性的な鐘の音色として注目されるようになるのです。

2009年7月11日には、初めて鐘を鳴らしてから150周年を迎え、壁に150周年の文字と鐘の絵がライトアップで描かれたりして、ロンドン市民と共に長寿を祝いました。

《ビッグ・ベンと日本の繋がり》

戦後、まだサイレンを就業時間などの合図として使用していた日本の学校では、父兄たちを先頭にして戦争時に鳴らされた空襲警報のサイレンを思い出すとして、使用反対運動が起きていましたが、そんな時、発明家の石本邦雄氏がビッグベンの鐘のメロディをBBCが正午の時報として使っていることを思い出したのです。

それは個性的でしかも楽しさもある、そんな音色でしたから、いいえ、BBCの時報でしたから、学校の始業・終業時にはもっともふさわしいと考え、その鐘の音を基にして1954年(昭和29年)、曲名「ウェストミンスターの鐘」を作曲します。

その後、石本邦雄氏は「キンコンカンコン」というミュージックチャイムを作曲し、学校のチャイムとしても開発したのです。

それ以来、各学校では4つの音で奏でられるチャイムのメロディを基として使用し、現在も使われているのです。

ビッグ・ベン・・・。これも日本にとって縁の深い、また、なくてはならないものだったのです。

ただ単に、傍らに建つウェストミンスター宮殿(英国国会議事堂)に付属する時計台の大時鐘ということではなく、日本の子供たちの教育の場で70年余も活躍している鐘の音色として必要だったのです。

キンコンカンコンというビッグ・ベンの音色は、晴れた日にはテムズ川を下るようにしてロンドン中心部まで響き渡ります。

それは郷愁にあふれた優さしさが漂う音色です。感動の涙すら誘う清らかさもあります・・・。

そして、風に乗ってロンドンの街角に響き渡るその音色の先には、日本の子供たちの姿を垣間見ることができるのです・・・。

素敵です。

(トラベルライター、作家 市川 昭子)