2013/12/24

王室御用達のブランド・アスプレイ Asprey in London


写真はロンドンのニューボンドストリートに開く老舗ブランドアスプレイAspreyのショーウィンドーです。透き通った蒼と清楚な純白で気品高くカラー・コーディネートされたウィンドー・・・。

あまりに爽やかにディスプレイされているからでしょう、通りすがりの多くの人々が立ち止まり、見惚れます。

ご存知の方が多いと思いますが、このアスプレイは1781年に創立した英国の有名高級ブランドです。現在はトータルな品揃えで、幅広い客層を自慢としていますが、アスプレイは1781年、ウィリアム・アスプレイが自分の姓を店名にし、ロンドン郊外のミッチャムというところで創業しました。創業当時はシルクの印刷事業を主たる業務とし、工場を主とした地味な営業でした。

というのもアスプレイ社の故郷であるミッチャムは、草原が広がる郊外を含めて町の周辺が肥沃な土地であり、放牧も盛んだったことで、草木染めの染料の原料となる野草が自生していました。

ですから、中世末期から草木染めの染料を作ることを生業とする家が多く、近代にあっては染料を製造する工場が町の各所に建ち始めたのです。

また、ラベンダー畑やペパーミントも自生していましたから、それを育てる農家もあり、地元で栽培するハーブや花から作られた香料の生産地でも知られるようになります。

1781年、ウィリアム・アスプレイは、町の人たちに追随するかのように、ミッチャムの地から採取されるそれらの草木から染料を製造し、シルクの印刷事業を主たる業務としてアスプレイ社を設立します。

ただ、他の人たちと異なったのは、単なる染料を作るだけではなく、染めを主とし、その対象を競争相手の少ない高級なシルクとしたのです。

それが功を奏し会社は活気を呈し、多様な品物を扱う高級百貨店へと発展します。

1841年、ウィリアム・アスプレイの長男チャールズは、他社と提携し、ロンドンのボンドストリートに出店を計画します。

それはミッチャムで染めた手すきの紙を使って装丁したノートやブックカバーなど、オリジナル製品を揃えた高級文房具店という画期的な内容での出店でした。まだ誰も試したことのない世界でしたから、勇気を必要としましたが、逆に希少な存在としての期待も大きく、心して未踏の世界に挑みました・・・。

勝負は勝ちました。オリジナリティに富み、高級感あふれるそれらの文房具はあっという間に人気を掴み、店は当然盛況を極めます。そして、6年後の1847年には新たに金属関連の事業を興し、その後、アスプレイ自身で開発した旅行用の革ケースなどを加えた豊富なラインナップで、新たにニューボンドストリートに2つ目のブティックを開いたのです。

1862年の万国博に出品した革ケースが金賞を受賞し、世界にその名を知られるようになると、アスプレイはいっそうの飛躍を遂げ、同年、ついにヴィクトリア女王王室御用達として、女王より英国王室御用達認定証ロイヤル・ワラントを授与されるのです。

もちろん、その後のエドワード7世の時代にもロイヤル・ワラントの認定を授け、王室の御用達ブランドとして英国のみならず、世界のアスプレイとして羽ばたくのですが、現在も飛び続け、その名を不動のものとしているのです。

今は取り扱うオリジナル商品も幅広く、宝飾品はじめバッグ、メンズ&レディースウェア、陶器などトータル製品の高級ブランドとして英国王室はじめ、世界中の王室、世界中のセレブの御用達ブランドとして光り輝き続けているのです。

英国ならではの伝統的な優雅さを前面に出しながら、シックでモダンさも大切にした、常に洗練された商品を世の中に輩出するアスプレイ・・・。英国人の誇りでもありますね。

《閑話休題》ちなみにアスプレイの創業時は日本では江戸時代、まだ徳川家斉前の家治の頃です。その頃に英国では既にシルクの印刷技術を生業とし、シルク地を世に出しているのですが、実は日本でも江戸時代は染色の技法が飛躍的に発展した時代と言われ、藍染はもちろん、紅花などを主とした草木染が流行。

その頃の染物屋を“紺屋(こうや/こんや)”と呼び、当時だけではなく、近代まで日本の各地に店舗が点在していました。日本も草木染めでは英国に負けてはいませんでした。

(トラベルライター、作家 市川 昭子)
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